部屋の整理と思い出

父が、部屋の整理をしていると、私や弟が昔買ったCDやゲームなどが、たくさん出てきた。
この日は、デルモッティの情報の整理も行っていたところです。参考にしてください。
私のは、ほとんど大学に入ってから買ったもので、洋楽が中心だった。これに対し、弟は、高校の時に買った邦楽がほとんどで、私の量の倍以上あった。
これを見た父と母は、怒った様子で、当時の弟が、いかに勉強をしないか、無駄遣いしていたかなどを語っていた。
最近は忘れていたが、確かに、弟の浪費癖は、けっこうひどかった。友達とふらふら遊んだり、バンドまで組んでいたし、よく大学に入れたものだ。
それに比べて、私は、あまり友達がいなくて、家にいることが多かったので、必然的に、ピアノや勉強などを、弟よりはやる環境にいた。そして、お金を使うこともなかった。とても地味な学生だったなあ、、。
昔のことって、意外と忘れてしまうものだ。でも、部屋の整理をきっかけに、当時の私たちの関係が、クリアに思い出された。
今では社会人になり、東京で働いている弟。一見、私より堅実そうだが、やはり、昔のままの部分もあり、住まいや旅行、衣服など、よくお金を使う。
お金と勉強のことに関してだけは、唯一、私の方が、弟より評価されていたなあと、久しぶりに、ちょっと誇らしい気分になった。

スマホに頼る

子供が生まれてから、うちでスマホをいじることが増えた。
よくないなと思いつつも、授乳中とかもちょこちょこ見てしまうし、子供が眠っている間などにも、夜中にいじってしまう。
妊娠中は、主に、ゲームをしたり、安産のコツを調べたり、ショッピングなどが中心だったが、子供が生まれてからは、ゲームにもショッピングにも興味がなくなり、在宅ワークに、はまってしまっている。
外で働いていた時と違い、一日3時間程度しかできないし、時給換算しても微々たるものだが、コツコツためたり、地道な作業が意外と好きな私は、はまってしまった。
特に、ライターの仕事とかは、外との関わりが減ってしまった今の私には、気持ちを吐き出す手段としても役立っている。
そんなわけで、スマホをする時間が増えてしまったものだから、バッテリーが減るのがずいぶん早くなってしまった。
昨夜から、いくら充電しても充電されないので、auショップに行った。また修理かと思い、重い気持ちで行くと、なんと、新品に交換することができると言う。料金は5000円ほどかかってしまうが、長いユーザーには割引もあるらしく、速攻お願いした。
アプリや電話帳の再設定など、面倒なこともあるが、気持ちも新たにお仕事できそうだ。また、スマホ中毒と、親に怒られてしまいそうだけど。

父と母の会話

うちの母は、昔から、高血圧で悩んでいる。いつも血圧の薬を飲んでいるイメージだったが、最近も、よく飲んでいる。そして、毎日のように、血圧測定器を持ち出し、測っている。
そんな母を見るたびに、うちの父は、「そんなことをしても無駄だ。」と言い、血圧が上がるのは、気にしすぎるからだと言う。
確かに、それも一理あるように見える。母の気にし方は、ちょっと大袈裟に感じる時もあるくらいだ。
しかし、そんな父の言葉を聞くたびに、母は、怒りながら反論する。「ちっとも心配しないんだから」と。
そして、父は父で、「こっちこそ疲れて死にそうだ。自分の心配ばかりして。」と言う。
このやり取りは、昔から続いている父と母の会話のパターンだが、いまだに、コントみたいに続いている。
要は、どちらも、自分のことを心配して欲しいらしい。が、素直に心配して欲しいとか、優しくして欲しいと言うことができず、互いに意地を張り合っている。
父と母は仲が悪くて嫌だと思っていたが、最近は、むしろ仲が良いようにさえ見えることがある。
素直になれないけれど、本当は、互いに心配もしている。似た者夫婦なんだと思える。
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整理整頓という名のもとに

買ったはいいが、失敗してしまった本、服。衣類に関しては試着もしたはずなのに、家へ帰って着てみて「あれ?」と思うことがある。ネットショップでも買うことが多いのだが、こちらは実物を見るわけでもなく試着はもちろんできないので、バクチ買いなのだがあまり失敗がない。

ネットショップでの購入は自分のシュミ服だから失敗がないのだと思う。失敗してしまったものは言わずもがな。失敗しなくても、買えばその分ものは増えるだけで、スペースからはみ出してしまうものも出てくるのだ。

そういうときこそ整理整頓のチャンス。これ失敗。うーん、これはなあ。あんたはもうじゅうぶん、元はとった。失敗、元はとった!と思うもの迷うものはそのときの勘をたよりにぱぱっとじっくり迷って、「着ない」「読まない」となったら、売りに出かける。

過剰な期待はしない。缶コーヒー1本分の値段だったら「足元みやがって」「安値買取、高価販売のくせに」とムカつくが、どっかのコーヒー屋に入って美味しいコーヒー1杯ゆっくり飲めるくらいの価格がつけばじゅうぶんだと思っている。

眼鏡男子LOVE!

自分が眼鏡なし人生だったので、なおさらそう思うのかもしれないが、眼鏡LOVEなのである。「眼鏡は七難隠すっていうもんね」と、言うひとがいるが、難も隠す・隠しているのかもしれないが、眼鏡ひとつでこんなに印象変わるのか!と思うことが大好きな俳優やミュージシャンを見てみても分かる。

ルプルプは使っているのだろうか。それはさすがにわかならい。

例えば井浦新。彼の眼鏡姿は、眼鏡の形・フレームからしてガラリと印象が変わる。もはや着こなしているの境地だ。そのときのの服と見事にマッチしている。あ、服やテーマ(NHK「日曜美術館」のMC)からわざとその眼鏡でハズしてきたな。と分かるときもあるくらいだが、とにかく見事なコーディネイトだ。その見事さが嫌味にならないというのが、また素晴らしい!さすがは元コレクションモデルでブランドディレクター。井浦新の場合はもはや別格だろう。

大学の時、割と一緒によく遊んだ男友だちが眼鏡男子だった。服によってさりげなく眼鏡を変えてくるようなおしゃれさんだった。「なんかいつもと雰囲気違うなー思っていたら、眼鏡が違うんだ」と言ったら照れ笑いをしていた。結構イイ男だったんでよくモテていたが、彼の場合、眼鏡が「センスが良くてカッコイイ」というイメージを、とても効果的にしていたと思う。わたしは女だなんて思われてなかったので、彼もうっかりすることがあった。一番のうっかりは、わたしの前で、大あくびをして眼鏡を外したことだ。わたしも最初はよくわかっていなかった。が、あくびをかみころしながら眼鏡を拭いているときに、お互い顔を見合わせてハタ!と気がついたのだ。

「あーっっ!」「なしなしなし!」「もう1回!もう1回見せて!!」眼鏡デフォルトである男友だちの素顔を見たという、大変貴重でレアな場面に遭遇したのだ。眼鏡が顔と同化してるひとにとって、こっちもそうだが、本人とっては無防備過ぎる行為なのだろう。(実際無防備だった)あんまりうるさいので、仕方ないという感じで眼鏡をほんのちょっとだけずらして見せてくれた。ここで「きゃあああ」なんて声を上げたら二度と話してもらえなくなるので、グッとこらえて「ありがとう」と言ったら。顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。この時の体験が、「眼鏡ひとつでこんなに印象が変わるのか」だ。この男の友人の場合は、普段は眼鏡をしていた方がいい。

素顔は、自宅と恋人だけにしてくれ、だ。素顔が不細工なのではない。めっちゃ、「かーわいいいっっ!!」なのだ。うん、普段の眼鏡をかけたちょっとスカした雰囲気の方が彼には似合っていた。素顔では可愛くて甘くなり過ぎちゃってダメだ、という自覚がちゃんとあったんだなあ。懐かしい。

障害のある子どものヘアカット

障害のある子どもの髪をカットするのは苦労するものという話はよく聞かれる。

理由は様々で、音や知らない場所が苦手、触覚過敏があることにより髪を切られることを嫌がりパニックを起こすなど。

そのため髪を切ろうと美容室に行っても、障害に対して理解が乏しい美容室では、利用を断られることもある。

そのような場合に利用できるサービスに、訪問カットのサービスがある。これははとても便利なものである。

訪問サービスでは、まずスタッフとの関係構築から始まり、家でのカット、慣れてきたら定休日で誰もいない美容室でのカット、そして最終的には通常営業中の美容室で……といった流れでサービスを提供し、卒業を目指していく。

スモールステップで段階を踏んで、少しずつ進めていくもの。通常の美容室を利用できるようになるまでの橋渡し役といえる。

カットを行うスタッフの求人については、理容師や美容師といった美容のプロであることはもちろんだが、訪問介護などの福祉分野の経験も必要で、障害に対する理解があることは前提になってくる。

今後サービスが広がることで、子どもたちがより利用しやすくなれば良いと思う。

朝の登校

とある児童施設に非常勤で勤務している自分は、ヘルパー資格を持っているため、朝の学校送りも担当している。

担当する子どもは施設に通所しする子どもたちだが、その子どもたちは知的など、何らかの障害のある子どもたちである。

道路への飛び出し、こだわりなどもあるので、たった1時間半でも簡単にはいかない。

こちらとしては、危険な場面に遭遇しそうになれば、それを回避するように声かけをする必要がある。

しかし、子どもたちには言葉の理解が難しい子もおり、適切な行動を取れないこともある。

本来であれば時間をかけて切り換えられるようにできれば良いのだが、朝の短い時間帯ではそう言っていられないことも。そうすると力ずくでやらざるを得なくなることも。

ただ、この方法はなるべく使いたくないところ。それはパニック状態を引き起こす要因になるためである。

1度パニックを引き起こすと、その切り換えまでに時間を要することになる。このような朝の短い時間帯では、登校が遅れることもそうだが、何よりその子の1日の流れが崩れることも意味する。

そのようなこともあり、最近は視覚的に情報理解ができるような方法をとっている。いい方向に向けばいいが。

イクオスの情報を知りたい方はこちらです。

猫のパックン

ハーバード大学卒業のアメリカ人芸人タレントさんではない、猫の名前だ。学生時代に住んでいた学生アパートの大家さんとこの猫の名前だ。茶色と白のぶち猫で、なかなかふてぶてしい面構えなのだが、なつくとドスの効いたでっかいゴロゴロ音を鳴らして「ここ撫でろ~」「次はここ撫でれ~」と顎やら頭を突き出してくる猫好きにとってはたまらない愛嬌ものだった。大家さんのお宅の横にわたしたち学生が住むアパートがあった。
猫の方もよく分かっていて、猫嫌いもしくは自分に興味がない住人のところはスルーしていく。アパートは5階建てでワンフロアー6室、30戸の小さなものだった。猫のパックンは1階2階はベランダに入り込んで部屋の住人がまどを開けてくれるのを待っている。3階から上階は通路で昼寝をしていたりぶらついている。
そうして玄関から入って玄関から帰っていく。年2度お中元とお歳暮の時期に、アパートの住人全員の郵便受けに、大家さんとパックンの連名で「いつもお世話になり、ありがとうございます」とタオルセットや食器洗い、洗濯洗剤が入っている。
わたしは2階の奥から2番目の部屋に住んでいたのだが、パックンがどうやって帰るのか何度かベランダに立って見送ったことがあるのだけど、お隣り(一番奥)のベランダの防火壁の下のすき間を器用に潜り抜け、エアコンの室外機の上から幅20cmくらいだったと思う手すりに飛び移り、アパートの敷地に植えてある大きなかえでの木にピョンと飛び移って、最後はアパートの敷地を囲むブロック塀に飛び移るのだった。なかなか俊敏で運動神経のいい猫なんだなあと、すごく感心したのだった。

大学猫

わたしは、物心ついたら既に猫が居た、これまで猫が居ない環境はないという深く猫と関わりを持っている。高校生までは実家で過ごし、大学からは実家・地元を離れた。4年間の学生生活でも猫と密接にに関わるとは思ってもいなかった。大学構内に猫が数匹住み着いていたのだ。
わたしのときは雄が2匹と雌が3匹。大学で猫好き有志たちが猫たちに避妊・去勢をさせて、年2回の健康チェックを受診、病気、そうして猫が亡くなったときのお葬式代のときも有志がお金を出し合ったり、学生・教員・大学関係者等にカンパを募ったりしていた。薬学部があって生理学が必須科目であり、また生理学のゼミもあった。生理学では動物で実験がどうしても避けられない。
年1度の動物供養祭が行われる。供養碑があり、その横に実験で命を預けてくれた動物たちのお墓があり、その横に大学に代々住んでいた猫たちの小さなお墓がある。学生の中には猫嫌いのひとたちも当然たくさんいて「なんで猫を大学に住まわせるのか?」「野良猫を特別視するのはおかしい」といった声もあった。大学猫保護有志のひとたちの言いぶんは、「たまたま住み着いてしまった猫たちを安心して健全に生活させてやっているだけ。
これが犬であっても同じことをしていたと思う。命を守る勉強をしている薬学部や栄養学部の学生も居る学校で、生きものの命を排除するのは悲しいことだ」と言っている。猫が好きだったので、わたしもこの大学猫のサークルにちょくちょく顔を出していた。何度か熱心に入会を勧誘されたがやんわりと断った。サークルのメンバーのひとの中に、過激な動物愛護?の匂いのする人が数人ほどいたためだ。当時は上手く言葉でその不快感を説明できなかったが、今なら言える。
自分の価値観~特に思想的なものを、他人と諍いを起こすほど押しつけるな、ということだ。人の価値観や物事の考え方は人々の数だけ多種多様だ。自分の考え方を、批判する人たちに解ってもらうためには、批判する人たちの考え方も解らなければいけない。受け入れる許容がなければ、共存はできない。そういうふうに今なら言葉にすることができる。
でもゴリゴリ思想に染まってるひとたちには、この言葉は届かないかもしれないなあ。一番何ごとかに影響を受けやすい年頃だもの。

とぉ~んかつ、食ーべたい

こんなことは滅多にないんだけれど、今一番食べたいものは?と聞かれたら、「とんかつ!」と即答してしまうくらい、とんかつが食べたい。改めて考えてみるとザッと2年以上は食べてないんじゃないだろうか。揚げ物は下手 → 家で揚げ物は作らない → ますます揚げ物は下手 → さらに家で作らない、という無限ループなパターンに陥ってしまっている。
でも思うに、揚げ物は絶対プロのかたが作る方が美味しいと思う。プロが作った食べものは何でも美味しいのは当然だけれど、揚げ物は特にプロと素人の差が顕著に分かる気がする。とんかつ1枚にしてもしかり。出来立ての熱いのを、ふうふう気をつけていただく。口に入れたときの衣のサクッ、噛み切るときあの豚肉独特の風味の肉汁がじわあ・・。
普段はおろしポン酢しょうゆで食べることが多いんだけど、今はそのお店特性ソースと辛子で食べたいなあ。どっさりのキャベツのせん切りにもとんかつソースを少し。横にちょこっとポテトサラダなんか付いてると嬉しい。ごはんは2,3割ほど玄米が混ざっているもの。お味噌汁はさっぱりわかめか豆腐で。
うはは。こんなこと考えていたら、ますますとんかつ食べてたくなってきちゃったぞ。どうしましょう。